セーラー服と機関銃

大きな病気になりました。今すぐ死ぬわけではありません。でも下手を打つと死にます。簡単に言えば癌のようなものです。私は本当に病気であると告げられるまで、全く自分が病気だとは気が付きませんでした。いえ、気がつかないふりをし続けました。小さな症状はありました。めまいのようなもの、もやつきのようなもの、唐突な心臓の痛み、情緒の不安定。そういうものがありました。でも無視しました。まさか私に限ってそんな大きな病気だなんて思わなかったんです。健康は絶対保証のものでした。健康を失うということを私は一度も考えたことがなかったのです。だから人間ドックにも行きませんでした。自分の症状を医者に伝えることもしませんでした。だから気が付きませんでした。病気だといわれるまで。でも病気でした。大きな病気でした。死に至る病ではありませんが、不治の病です。永遠に治りません。奇跡があれば治るかもしれませんが、奇跡がなければ治りません。そういう病気です。

 

病気になったからこれからは好きに生きようと思いました。健康であることで強いられるすべてのことを捨てて、自分の気の赴くままに生きてみようと思いました。でもやめました。奇跡が起こった時のことを考えなくては。健康に戻った時のために、私は健康であるかのように生活し続けるつもりです。小さな症状を潰し、いいえ、潰すというよりは、その症状が現れる前に戻していくようにちゃんと体を整えて行きます。

 

病気になるということは、健康にはいきられないということでした。当たり前のことだと思いますが、そうでした。臓器を一つ無くして、使い物にならなくなって、いったいどういうふうに今まで通り生きていけというのでしょう。今まで通り働いて、今まで通り恋愛をして、今まで通り結婚を予定に組み込んだ人生を――もはや営めるはずもなくなったのです。病気に人生をすべて崩されたのです。

 

でも病気になったのは自分の不摂生のせいなのです。せめてそれを悔しく思うのなら、私は健康であるかのように生き、健康に戻るために生き、日々口にするもの、口にすること、身に付けるものをより健康に、健康に、健康に動かしていかないといけないのです。

 

病気になりました。

不治の病です。

死に至る病ではありません。

でも人を殺すこともあります。

こういう時は「セーラー服と機関銃」を聞くに限ります。加藤ミリヤじゃなくて、ね。