Nikki

6月7日 晴れのち雨 20℃

 

薄情なのか何なのか、私は水田に我が物顔をして舞い降りすっくと首を伸ばして立っている白鷺をみながら、この6月7日という日がげに特別なのかを思い出した。私の人生の中でおそらく何かの拍子に思い出すであろう「彼女」ら三人の誕生日が重なっているのだ。

小学校の頃、苦労してようやく一人見つけた友人――私は彼女に恋をして居た、恋愛は男女でするものだとか、自分がどちらかというと女性に惹かれるようになっているとか、そういうことに気づく前から彼女が好きだった、彼女から授業中に回って来た手紙に”友情じゃなくて恋みたい(≧∀≦)”と書いてあった時心が高揚した、彼女のことは中学で恋人ができて裏切った――、

中学の頃席が近く仲良くなったおとなしかった彼女――彼女はネット恋愛にハマった。ネットのご主人様にうつつをぬかして人生を失敗した、いや失敗なんてして居ない、失敗したと思っているのは彼女だけで私は彼女が羨ましくてたまらない、今は安定した恋人ができて落ち着いている――、

そして大学に入ってから仲良くなった彼女――海外経験が長く、鬱になったことがあるという。遠回しに自分の可愛さをひけらかしいつもつらいつらいしんどいしんどいと言っているが平気そうなタフガール――、

鷺は全部で三羽いた。憂鬱に苛まれながら学校へ向かうバスの左側、バイパス道路を渡る最中に見える景色は右も左も田んぼ、田んぼ、田んぼ。秋になれば金色に輝く稲穂が風が吹くたび美しく揺れ、銀色にも近い波を見せつけてくる。同時に私の目や鼻や粘膜という粘膜を刺激してくるから心から歓迎はできないが、もしも私が六方をガラスで囲まれた箱の中にはいり、そっとその稲穂の波の中に箱ごと降ろしてもらえたらどんなにいいだろうと思う。ただ、初夏とも言い難い気温のこの時期はまだ水面が見え、そこに青々とした情けない苗のみが揺れている。そして水田に大きな鳥たちが降り立つ様を、私はなんども見ることができる。

最初に田舎にやって来て、鷺が我が物顔で田を歩いて入るのを見た時、笑いがこみ上げて来た。それは都会が田舎を笑う嘲笑であった。あはははは、と私は笑って母に電話をした。鷺だよ?白鷺。青鷺もいた。おっかしい、こんなに田舎なんだあ。母も笑った。嬉しかった。だが今はどうだろう。空高く翼を左右に張りつめるように伸ばして旋回し、やがて田に降り立つと首を伸ばして辺りを見渡すその鷺たちの、何とも華麗な、もっというのであれば恐ろしさすら感じるその出で立ちに、なぜか心が揺らいだ。

神様だ、と思ったのだ。

実際神様なのかもしれない。鷺、連中は首を伸ばして田を見張り、老婆が熱心に稲を植えていくその曲がった背中を静かに眺めている。時折首を田の中に突っ込んで口に虫や蛙やらを加え飲み込む。それはまるで神様のようだった。特に白鷺の、あの浅葱色と田の泥の灰色の中輝く白い羽!

彼らの姿が見えなくなり、ここのところ熊が歩き回っているという森が見え始めた頃、私は三人にメッセージを送った。誕生日おめでとう。誕生日おめでとう。誕生日おめでとう。いい一年になりますように。いい一年になりますように。いい一年になりますように。いつもありがとう。いつもありがとう。いつもありがとう。そして、夏休み帰ったら遊ぼうね、今度彼氏の話聞かせてね、二人で美味しいイタリアンでお祝いし合おう、と。それぞれにそれぞれの言葉を伝えた。

 

どうも心の調子が悪い、と思い始めたのは一年も前の話で、私は確かにこの、3人の誕生日が重なった去年のことを覚えている。その時私はまだ寮に暮らして居て、漠然とした不安のみに苛まれ寝つきが悪く眠りが浅くなんとなくしんどい、痩せたい、くらいのことを考えて暮らして居た。心の調子が悪いとまでは思わなかった。

明らかにおかしい、と思い始めたのは半年も前の話で、年が明ける頃私はご飯を食べては吐き、吐いては食べ、眠れないのが加速してすこしずつ自分の感性、感性というのは具体的に、心を細やかに動かしてその小さな脈動や吐息を感じとり自分の心臓が一体何を言いたいのかそっと耳を傾けて知ること、が、できなくなって居た。

限界を悟ったのは今月に入ってからだ。まず悲鳴をあげたのは子宮だった。血を吐いて泣き始めた。そして、体だった。何となく行った心療内科で何となく処方されて居た薬がどうやら最終兵器のような薬だったらしく、それを飲んで居ない時、うずくまって動けなくなるほどのことになっていた。一体どこが悪かったのか、なんでこうなったのか私は正直さっぱりわからない。

 

今日も私は、セロトニンを出してくれるという薬を何錠か飲み、学校に行った。鷺をみつけて、友人たちの誕生日を思い出したのはその行きのバスの中でのことだった。

 

私が今日日記を書いたのは、降り立った三羽の鷺のその白い羽の美しさを感じる感性が、一瞬でも私に戻って来て居たと証明したかったからである。どうせ明日の朝には忘れていて、明日のバスの中では何も感じなくなってしまっているかもしれない。

忘却は死よりもはるかに恐ろしい。